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大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)7236号 判決

原告 日本住宅金融株式会社

右代表者代表取締役 大藤卓

右訴訟代理人弁護士 柴田龍彦

太田忠義

右訴訟復代理人弁護士 岸本寛成

被告 橋本和夫

右訴訟代理人弁護士 岩崎昭徳

主文

一  被告は、原告に対し、金一七三万三七一〇円及び内金一一五万〇六一八円に対する昭和六二年一一月二七日から完済まで年一四・六パーセント(年三六五日の日割計算とする。)の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

理由

一  請求原因事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、まず抗弁1項(消滅時効)及び再抗弁(時効の中断等)について判断する。

1  抗弁1項(一)の事実(原告が株式会社であること。)は当事者間に争いがない。

2(一)  同1項(二)のうち、(1)及び(2)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

(二)  被告は、被告が昭和五四年七月一二日の分割弁済金を支払わなかつたことにより、原告は、被告の期限の利益を喪失させ、全債権について権利を行使することができたのであるから、被告が履行遅滞となつた昭和五四年七月一三日から本件消費貸借契約における原告の被告に対する残債権の消滅時効は進行を始めたというべきである旨主張しているが、被告が分割弁済金の支払いを怠つても、本件消費貸借契約においては、原告の請求があつて初めて被告の期限の利益は喪失するとの特約がなされており、原告から一括請求されない限り、被告は期限の利益を享受でき、一括請求をして期限の利益を喪失させて被告に不利益を与えるのは原告の意思如何に関わつているのであるから、期限の利益を喪失させ得る状況になつたことで消滅時効が進行すると解することは、一括請求をなさずに被告に期限の利益を享受させていた原告を予想外の不利な地位に置かせることになり、また、一般に、期限の利益を喪失させ得る状況となつた場合、債権者は本来の弁済期を一方的に変更し得る形成権を取得したといい得るが、形成権の時効とその行使の結果生じる請求権の消滅時効とは別個に段階的に進行すると解されていることからも(最高裁昭和三五年一一月一日判決、民集一四巻二八七一頁参照)、被告の右主張は採用し難い(最高裁昭和四二年六月二三日判決、民集二一巻一四九二頁参照)。

(三)  よつて、抗弁1項(二)の主張は理由がない。

3  抗弁1項(三)(各分割債務の消滅時効の主張)の事実は当事者間に争いがない。

4  そこで、再抗弁について判断する。

(一)  再抗弁1項の事実及び3項のうち、協議会役員が三回の交渉の場で、被告ら北摂苑分譲地購入者の原告に対する債務の存在を認めたことは、いずれも当事者間で争いがなく、被告本人尋問の結果により、再抗弁2項の事実が認められる。

(二)  時効中断事由の承認は、債務の存在についての承認であれば足り、それ以上に弁済意思まで要しないものであるから、被告が協議会役員を通じて原告になした前記債務の存在の承認は、時効中断事由の承認に該当する。

(三)  なお、本件消費貸借契約における分割弁済金債務のうち、前記承認が最初になされた昭和六二年一一月五日から五年前までに弁済期が到来していたもの(昭和五七年一〇月一二日の支払期日分まで)は、前記承認時には時効が完成しており、時効完成後は時効中断事由たる承認は意味を持たず、時効の利益の放棄が本来意味を有するものであるが、被告が協議会役員を通じて原告に対してなした承認は、本件消費貸借契約上の債務全体についてなしたものと認められるから、右承認時までに時効が完成していた分についても、右承認により時効の利益を放棄したものとみなすべきであり(原告の主張にはこの趣旨も含まれていると解される。)、また、少なくとも、債務全体について承認した以上、本訴において右承認時に時効が完成していた分について消滅時効を援用することは、信義則に反するというべきである。

(四)  よつて、再抗弁は理由があり、結局、抗弁1項(三)の主張は理由がないことになる。

三  次に、抗弁2項(錯誤による無効)について判断する。

1  抗弁2項(一)の(1)の事実(本件売買契約の締結)は当事者間に争いがなく、(2)の事実(本件売買契約が宅地の売買であること。)は、≪証拠≫により認められる。

2  同項(二)(本件消費貸借契約と本件土地の関係)について判断するに、≪証拠≫及び弁論の全趣旨によれば、本件消費貸借契約締結に際し、原告と被告との間で、被告が大金開発から本件土地を宅地として購入するための購入資金を原告から借り受けるものである旨の合意がなされたことが認められる(ただし、後記のとおり、このことから直ちに、本件土地が宅地であることが、本件消費貸借契約の重要な内容となつていたとはいえるものではない。)

3  同項(三)(錯誤の存在)について判断するに、被告本人尋問の結果により、(1)及び(3)の事実を認めることができ、弁論の全趣旨により(2)の事実を認めることができる。

4  被告は、以上のような各事実を下に、本件消費貸借契約が要素の錯誤により無効である旨主張しているが、被告が原告との間で本件消費貸借契約を締結した動機は、直接的には(本件土地の購入のための)資金の調達であり、本件土地が宅地であることは、本件売買契約締結の動機ではあるが、本件消費貸借契約との関係では間接的な動機にすぎないものであり、本件消費貸借契約の直接の動機とはなり得ないものである。金銭消費貸借契約における借主の契約締結の動機は、その性質上、金員を借り入れたいということに尽きるのであつて、金員を借り入れる必要性については全て間接的な動機にすぎず、たとえそれが表示されたとしても、契約の内容とはならないものである(金銭消費貸借契約は、個性を有しない金銭の消費貸借であり、金銭を必要とする理由は、契約の要素とはなり得ない。)。

よつて、被告の錯誤の主張は理由がない。

5  また、同項(四)の(2)の主張について判断するに、本件売買契約と本件消費貸借契約とは、当事者も内容も異なる全く別個の契約であるから、本件消費貸借契約が本件売買契約の有効を前提として締結されたものであつたとしても、本件売買契約が要素の錯誤により無効であるからといつて、本件消費貸借契約も無効であるとは直ちにいえるものではないから、被告の右主張も理由がない。

四  次に、抗弁3項(信義則違反、公序良俗違反、権利濫用)について判断する。

1  同項(二)(北摂苑の造成・本件土地の宅地としての欠陥性)のうち、(1)及び(3)の事実は当事者間に争いがなく、(2)のうち、備前屋のなした北摂苑造成工事の計画・設計が杜撰で欠陥を有し、北摂苑が宅地として利用できないことは、≪証拠≫並びに弁論の全趣旨により認められ、(4)の事実は、≪証拠≫により認められ、右各認定に反する証拠はない。

2  同項(三)(北摂苑の分譲販売と原告の融資の経緯)のうち、(1)ないし(3)の各事実は当事者間に争いがない。

3  そこで、同項(四)(原告と備前屋グループとの提携等)の主張について判断する。

(一)  この点に関する被告の主張は、要するに、原告と備前屋グループとは、北摂苑の販売において経済的・業務的に密接不可離の関係にあつたというべきであるから、原告は、備前屋グループと一体のものとして、備前屋グループである大金開発が被告に対して負つている本件売買契約上の瑕疵担保責任等の法的責任を備前屋グループと共同で負うべきであり、原告が被告に対し本件消費貸借契約に基づく権利を行使することは、信義則に反し、権利の濫用であるというものである。

(二)  前記当事者間に争いのない北摂苑の分譲販売と原告の融資の経緯及び同項(四)(1)の事実(弁論の全趣旨により認められる。)からすると、備前屋グループによる北摂苑の分譲販売と原告による住宅ローンの仕組みは、備前屋グループにとつては、原告の信用を最大限に利用して多数の顧客を集めて分譲地を早期に販売し、しかも、原告の住宅ローンにより売却代金を早期に回収でき、原告にとつても、顧客の募集を始め、住宅ローン手続きを備前屋グループに代行させることにより多数の顧客を容易に獲得でき、利息収入を得ることができるという利点があつたものと認められ、原告と備前屋グループとは、北摂苑の販売において、経済的・業務的に密接な関係にあつたことは明らかであるが、このことから直ちに、原告と備前屋グループとが法的にも一体として責任を負うことになるとはいえない。その理由は次のとおりである。

(三)  前記のような分譲販売業者と住宅ローン会社との経済的・業務的な密接な関係は、通常の住宅販売における販売業者とローン会社との間で一般に見られるものであり、この関係が、法的にも共同責任を負うべき関係にまで高められるためには、両者の間に共同事業的、利益共同体的な関係があるか、あるいは顧客に対する一方の違法行為に他方が加担するといつた特段の事情が認められなければならないというべきところ、本件においては、右特段の事情を認めるに足る証拠はない(原告が、備前屋が杜撰な造成工事をすることを知り、あるいは知り得べき状況にあつたとか、本件消費貸借契約締結当時、備前屋の杜撰な造成工事のため本件土地が宅地とならないことを知つていたと認めるに足る証拠はなく、また、北摂苑の分譲販売について、原告が積極的に関与したことを認めるに足る証拠もない。)。

4  次に、同項(五)(原告の担保証価とそれに対する被告の信頼)の主張について判断する。

(一)  この点に関する被告の主張は、要するに、土地分譲販売において、特定の金融機関が販売業者に住宅ローンの手続きを代行させ、購入者が当該土地のみを担保に右金融機関からの住宅ローンを利用して土地を購入するという本件のような場合、被告は、原告が本件土地に担保を設定するだけで売買代金の七〇パーセントの融資を実行するのであるから、本件土地は少なくとも右融資額以上の価値があるものと信じて購入したのに、原告は、本件土地が欠陥造成地でないかについて独自に調査せず、本件土地の評価を誤り、その結果、被告の本件土地についての評価をも誤らせ、原告から融資を受けさせて欠陥土地を購入させたのであるから、原告が被告に対し、本件消費貸借契約に基づく権利を行使することは信義則あるいは公序良俗に反し、権利の濫用であるというものである。

(二)  本件売買契約が未造成の「青田売り」であり、本件消費貸借契約も「青田貸し」であつたことは当事者間に争いがなく、≪証拠≫によれば、本件消費貸借契約が締結された昭和四七、四八年初めころは、いわゆる列島改造ブームの時期で、分譲地があれば争うように土地が買われた時期であり、青田売りという造成途中での土地販売が一般におこなわれていたこと、原告は、担当者が造成途中の現地に赴き、分譲地の外観を基に本件土地を宅地として評価したが、それは、造成工事をした備前屋がそれまでに兵庫県内において数ヵ所の宅地造成販売を行つた実績をもつぱら信頼し、それ以上に、備前屋に対して造成工事の安全性を裏付ける資料の提供を要求したり、独自に安全性を調査することもなかつたことが認められる(なお、北摂苑が宅地造成等規制法の規制区域に指定されたり、関係官庁から「崖崩れ等による宅地災害防止」についての勧告がなされたのは本件売買契約や本件消費貸借契約の締結後である。)。

(三)  被告は、本人尋問において、昭和四八年一月一四日に北摂苑第二期分譲開始のチラシ(乙一〇号証)を見て現地に赴き、大金開発のセールスマンに案内された本件土地を家を建てられると判断して購入することにし、同時に原告からの住宅ローンの説明を受け、原告が大手銀行や生命保険会社が寄り合つて設立された住宅ローン専門会社であることから、本件土地の購入について特に不安を持たなかつたと述べているところであり、被告は、原告の金融機関としての信用力を信頼して原告からの融資を受け、本件土地を購入することにしたものと認められる。

しかしながら、本件土地が宅地となるものであり、その価値が融資額以上であることを原告が保証したと認めるに足る証拠はなく、被告が、そのような保証を原告がしていたと信じたことを認めるに足る証拠もない。

たしかに、本件のような分譲販売・融資方式では、購入者は金融機関を信用し、金融機関が当該土地について適正な担保評価をした上で融資を実行するはずであるから、当該土地は融資額を超える価値を有しているものと信じて購入するという一面を有しており、被告も同様であつたと推認できるが、そのような購入者の金融機関に対する信頼は、概括的な期待感といつたものであり、金融機関が別途保証するとかの事情がない限り、法的に保護すべきものというのは困難である。

(四)  原告がなした本件消費貸借契約締結当時の北摂苑の分譲地に対する担保評価の方法は、(二)で認定したとおりで、かなり杜撰のものであるが、担保評価は、当該土地を担保に融資を行う原告自身のために行うものであり、担保評価の失敗は、当該土地の担保権実行によつては融資金を回収できなくなるといつた結果を招くことで原告自身がその不利益を甘受することになるものである(その意味では、担保価値のない物件で融資をしたという金融機関としての原告の社会的責任は免れない。)。

被告は、自らの意思で原告から融資を受けて大金開発から本件土地を購入したものであつて、本件土地が購入代金に相当する価値を有するものであるか否かは、本来、売主である大金開発が信頼できる会社であるかを含めて自己の責任で判断すべきものであり、本件土地に瑕疵があることが後に判明した場合には、大金開発に対する担保責任等の追及により解決を図る外ないというべきである。それを、原告が本件土地のみを担保に融資したことを取り上げて、本件土地の評価につき被告に対し責任を負うべきだとするのは、原告と被告との間に本件土地の評価について保証等の何らかの法的な関係がない限り、無理である。

5  以上のとおりであるから、原告が本件消費貸借契約に基づき被告に権利行使することが、信義則や公序良俗に反するということはできず、また、権利の濫用に当たるとすることもできないというべきであるから、抗弁3項の主張も理由がないことになる。

五  最後に、抗弁4項(同時履行の抗弁権)の主張について判断するに、以上で認定した事情の下では、本件土地を家の建てられる土地として建築確認を受けることができるまでに補修・補強工事を行う義務が原告にあるとは到底認められないから、抗弁4項の主張も理由がない。

六  結論

以上により、原告の請求は理由があるから認容

(裁判官 森本翅充)

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